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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)585号 判決 1978年3月20日

第五八五号事件原告、第六三五号事件被告 野津紡績株式会社

右代表者代表取締役 野津晃

右訴訟代理人弁護士 後藤徹

第五八五号事件被告、第六三五号事件原告 株式会社松村組

右代表者代表取締役 松村雄二

右訴訟代理人弁護士 折居辰治郎

同 水原清之

同 廣川清英

主文

一  北海道建設工事紛争審査会昭和五〇年(仲)第二号建設工事紛争仲裁申請事件につき同審査会が同五一年四月二二日にした、被告は原告に対し金七億九四八万五〇六円および内金五億九五五一万五一〇三円については昭和五〇年三月二三日から支払済まで、内金一〇六五万三一〇〇円については昭和五〇年四月三〇日から支払済まで、内金一億三三一万二三〇三円については昭和五一年四月一日から支払済まで、それぞれ年六分の割合による金員を支払え、との仲裁判断は之を執行することができる。

二  昭和五一年(ワ)第六三五号事件原告の同事件被告に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は昭和五一年(ワ)第五八五号、第六三五号事件を通じ、昭和五一年(ワ)第五八五号事件被告同年(ワ)第六三五号事件原告の負担とする。

事実

第一  昭和五一年(ワ)第五八五号事件について(なお、本件併合事件における当事者の呼称は、便宜上、野津紡績株式会社を原告、株式会社松村組を被告と略称する。)

一  当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

1 主文第一項と同旨の判決。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

(請求原因)

1 原告を申請人、被告を被申請人とする北海道建設工事紛争審査会(以下審査会という)昭和五〇年(仲)第二号建設工事紛争仲裁申請事件において同審査会仲裁委員藪重夫、同橋本理助、同佐藤隆次の三名は、昭和五一年四月二二日「被告は原告に対し、金七億九四八万五〇六円および内金五億九五五一万五一〇三円については昭和五〇年三月二三日から支払済まで、内金一〇六五万三一〇〇円については昭和五〇年四月三〇日から支払済まで、内金一億三三一万二三〇三円については昭和五一年四月一日から支払済まで、それぞれ年六分の割合による金員を支払え。」との仲裁判断をし、同仲裁判断書正本は同年四月二六日、原被告双方に各送達された。

2 よって原告は被告に対し、右仲裁判断により強制執行を許すべきことの判決を求める。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因第1項は認める。

2 同第2項は争う。

(抗弁)

1 民事訴訟法第八〇一条第一項五号の事由の存在

(一) 本件仲裁判断は、

(1) 工場の倒壊の主因が、タイバーの中間継手ガセットプレート部分の破断にあること(以下第一前提という)

(2) 右破断は請負人たる被告の施行上の重過失に基因すること(以下第二前提という)

(3) 原告は右工場の倒壊によって金七億九四八万五〇六円の損害を蒙ったこと(以下第三前提という)

の三点を前提事実としている。しかし右前提を採った理由中には以下に記載する不備があり、民事訴訟法第八〇一条一項五号の仲裁判断取消事由がある。

(二) 倒壊原因に関する理由について

(1) 本件仲裁判断は、被告が主張した倒壊順序に関する主張(それは鑑定書の数値および本件工場に関する一切の資料をコンピューターによって構造解析し、その結果について供述した証人元北海道大学工学部建築工学科教授大野和男の証言により裏付けられるものである。)を悉く排斥しているが、その理由は論理に明らかならざる箇所があるばかりか論理的過誤に満ち、また重要な証拠を排斥するに理由を付さない違法がある。

(2) 本件仲裁判断は倒壊原因を認定する理由として「鑑定は……特にダイバーの中間継手ガセットプレート部分に大きな弱点が存在することを数値的に明らかにし、上記の諸要素を総合的に考察して前記のように工場倒壊の主因を推認しているものであって、……その結論も仲裁委員が現地を検証して得た所見並びに設計図書を検討して得た内容とほゞ適合しており妥当なものと判断する」とするが、鑑定書はむしろタイバーのガセットプレート部分よりトラスト下弦機端部および同中間部により大きな弱点がある旨数値を示して指摘しており、また仲裁判断書自体も「単にタイバー中間接合プレートとアーチ下弦機の数値を比較するだけでは果してどちらの危険度が大きいかを軽々に判定しがたいのであり、この意味では鑑定書自体が明記しているとおり右の各数値は文字通り構造検討の参考資料にすぎないものとして読み取るべきである」としているのである。従って鑑定書から第一前提を導くことはできないし、また仲裁判断の理由自体論理的な斉合にも欠けると言わねばならない。そこで仲裁委員は、第一前提を導くために「アーチ下弦機の如き圧縮機は実際の安全率が高いのに比してタイバー部機の如き引っ張り材は安全率が低い」との独自の見解を考案し、アーチ下弦機の座屈破壊が倒壊の主因である、との被告主張に対してはタイバーの大部分は破断することなく大きく変形するか折れ曲る筈である、とした。しかし、右見解は何ら裏付けとなる根拠や証拠がなく、かえって前記大野証言と真向から矛盾する。

次に、右理由中の「上記の諸要素」が何を指すものか全く不明である。仮に仲裁判断書一八頁記載の(ア)ないし(エ)の各事項であるとするなら、被告はこれら事項が第一前提を採る理由とは全く関係がないことを指摘しておく。

さすれば、理由として残るのは仲裁委員が現地を検証して得た所見であるが、本件においては検証調書も存在せず、所見の内容も明らかとされぬままに本件仲裁判断に至ったのであり、かかる判断は仲裁委員の直感、予断、非科学的独断と言うほかなく、これまた理由は何ら付されておらないと言うべきである。

以上、本件仲裁判断には第一前提を採る理由は何ら付されておらず、かえって論理の斉合を欠く箇所も存する。

(3) また仲裁判断は第一前提を採るにつき、前記大野証言を排斥して鑑定を採用し、その理由として、証人平田定男は鑑定の内容が正しい旨証言したことと同証言が大野証言より自然であることとを挙げている。しかし、平田証言は「タイバー部分の応力が最もきつい」とはしてないし、同人作成の意見書中「鑑定書の内容は大筋において正しい」とする記述の趣旨につき同証言は鑑定のモデル設計に従えば鑑定のような推認も一応は成り立つとの趣旨にすぎず鑑定のモデル設計や推認が正しいとしたわけではないとして、かえって鑑定における倒壊原因の推認は一面的なものであることを強調しているのである。要するに本件仲裁判断は平田証言を誤って理解したうえで同証言に基づいて鑑定を採用しているのである。

しかも鑑定は構造検討の手法としてコンピューターによらずいわゆる手計算による略算を行うため構造モデルを簡略化した。その為、タイバーの引張応力、アーチ端部トラス下弦機の圧縮応力、アーチ中央部トラス上弦機の圧縮応力は、コンピューターによる精算値を各一〇〇として、それぞれ八七、一四六、一一九に増減する誤差を生んでいる。この一事からみても、鑑定の信憑性は薄いと言わねばならない。本件仲裁判断が、手計算が構造解析手法として今日一般にも肯定されているから、との理由で之を採用するのは、工学的基本事項を全く考慮しない重大な誤りである。

(4) ところで大野証言は証言というよりまさに鑑定であって、その内容は学問的裏付けがあり経験則上信用すべきものであるから、これを排斥するには特段の理由を示す必要がある。

しかし本件仲裁判断は前記のとおり特段の理由を示しておらず、主架構破壊に対する母屋、サブビーム等の部材の影響や倒壊時の積雪荷重についても、何ら特段の理由を付さないまま大野証言を排斥して鑑定に従っている。これらは要するに建築構造力学的な基本を無視し、論拠のないものであって、余りにも理由が不備である。

(三) 被告の重過失について

(1) 仲裁判断は、設計図に詳細な明示のなかったダイバー中間継手部分の工作図については、請負人であった被告が自己の責任でこれを作成し監理技師の検査を受けるべきであり、鉄骨現寸図も被告の責任において作成しなければならないところ、これを怠ったのは施工上の重大な過失に該たるとする。しかし、右判断は以下に述べるとおり実体法、契約、業界の慣習、条理を無視した違法とまた判断理由不斉合等の理由不備があり、理由を付さない判断である。

(2) 仲裁判断は、設計図や監理技師の指図の完全性について施工者に責任を負わせている。しかし民法第六三六条、建築基準法施行規則第一条、本件請負契約約款第一三条四項五項の趣旨からして、構造設計が法定基準を遵守すべき義務者は設計者であって施工者でなく、また施工者は工事監理者の指図がないからといってその欠缺部分につき自己の判断で工作図を作成する、という権限もないと解されるところ、本件仲裁判断は設計図に詳細な明記がない例は一般にもしばしば見受けられる、との理由で前記の工作図、現寸図を作成する義務を肯定した。かかる判断は右法条および約款の解釈を誤まっただけでなく被告主張の解釈を採らない理由を付していないものである。

(3) しかも本件では、法律上当然に原告の代理人もしくは受任者たる設計監理者は本件下請人と同一人であるから本件施工に瑕疵があるにせよ、それは設計監理者ひいては原告において負担すべきものである。しかるに本件仲裁判断は、元請人と下請人の関係が多様なものであることを見過し、設計監理者(下請人でもある)の過失行為を直ちに被告の責任に結びつけているのであるが、本来であれば、下請人の選任の態様に応じて元請人の責任を斟酌すべきであり(民法第一〇五条類推)、これを怠った本件仲裁判断は誤った不公平な法解釈を前提に理由を付さなかったもの、と言いうる。

(4) 次に本件仲裁判断は、中間継手ガセットプレートの瑕疵は建物構造上極めて重要な部分の瑕疵であり、それが建築基準法に著しく違反する内容のものであった、との理由により重過失あり、としている。しかし、同判断が原告のいかなる作為(不作為)を捉えて過失とするかは不明確であり、また仮に被告がタイバー中間継手部分の工作図を作成しなかった点に求めるにしても重過失の有無も工作図を作成しなかった理由や右継手部分の鉄骨部機が現実に製造された理由、工事監理者の指図、検査の有無や態様等が考慮されるべきである。ところが仲裁判断においては右の各諸点について何ら判断が示されておらず、結局理由を付さないものと言わざるを得ない。

(5) ところで本件仲裁判断は、被告が前記の工作図や現寸図を作成しなかったと認定しながら、他方で中間継手部分に関する工作図が提示されたか否か、また現寸検査がなされたかどうか判然としない旨を認定しており、右認定は相矛盾するから、本件仲裁判断は当然に取消されるべきである。

(四) 被告の損害額について

(1) 仲裁判断は被告が提出した証拠書類の真正さについて一切取調べることなく、これをよりどころとして多額の損害額を認定しているが、これは明らかに一方当事者の主張を鵜呑みにした証拠に基づかない仲裁判断であって理由を付した判断とは言い難い。

(2) 仲裁判断は原告の休業経費補償を損害と認定しているが、休業経費が損害となり得るのは、休業経費が操業経費を上回り、しかもその上回った部分についてのみである。しかるにこの点につき何ら判断をせずに休業中の管理経費全部を損害と認めた仲裁判断には、明らかに理由不備の違法がある。

(3) 仲裁判断は原告の第三者に対する支払利息の延滞分を本件工場倒壊と因果関係のある損害と認定しているが、しかしこの点については次の通りの理由不備の違法がある。

a 仲裁判断自身、原告が倒壊当時既に金融機関に対する返済が滞っていた事実、及び本件工場倒壊がなくとも純利益は計上し得なかったこと(従って工場倒壊がなくとも金融機関に対する借入金の返済は不可能であったこと)を認めているもにかかわらず、工場倒壊後に返済期の到来する借入金の遅延損害金等を工場倒壊による損害と認定している点。

b 工場倒壊の有無にかかわらず、本来原告は自己の借入金の利息を支払う義務があるにもかかわらず、その点何ら考慮することなくすべて損害に算入した点。

c 原告の借入金は損害賠償金の中から支払われるものと思われるが、右損害賠償金に工場倒壊の翌日から遅延損害金を付加しておきながら、更に借入金に対する遅延損害金等を損害として認定している点。

2 民事訴訟法第八〇一条第一項一号、第七九二条の事由の存在

(一) 仲裁委員の忌避

本件仲裁を行った仲裁委員佐藤隆次には、次のような仲裁の公正を妨ぐべき事情があり、被告はその事情を知らなかったので、本件仲裁は民事訴訟法第八〇一条第一項一号に該当する。

(1) 本件倒壊した工場の建築にあたり、原告は昭和四二年一二月二三日北海道建築主事柴田実の建築確認を受け、さらに同四三年八月二九日北海道十勝支庁建築技師藤村正二の検査を経て同支庁建築主事竹村博志名義の竣工検査済証の交付を受けている。

(2) しかし仲裁判断後明らかになったことは、本件の仲裁委員佐藤隆次は右の各当時において北海道建築部建築課長の職にあり、即ち右柴田実の直接の上司であって、かつ右竹村博志の間接的上司であった。

すなわち、建築主事は建築確認およびその検査事務を行なう権限を有し(建築基準法)、北海道知事によって任命されるものであるが、その職務はあくまで北海道知事の作成する方針、基準、手続、計画等に基づく建築部長および同課長の具体的指揮監督下に置かれている。また十勝支庁は北海道知事の権限に属する行政事務を行政的に分掌し、円滑に処理するため設置する目的で設置された出先機関であるから、同支庁建築主事および建築技師もまた北海道の建築部、課長の直接間接の指揮監督に服するものである。

(3) しかして、本件工場建築に関し建築基準法等の各建築諸法規に違反する事実があったとすれば、前記各吏員には之を見過して建築確認、竣工検査を行った違法があったとも考えられ、その結果第三者に損害を与えた場合には北海道もまた損害賠償責任を負担する関係にある。さすれば、本件仲裁委員である佐藤隆次にも影響が及ぶことは避けられず、このような複雑な立場にある佐藤隆次は到底公平な仲裁をなし得ないものである。

(二) 鑑定人の忌避

(1) 仲裁手続においても、当事者の訊問や事実の探知等が公平公正に行われるべきであるところ、本件の如く法律的帰責事由の存否が争点となり通常訴訟と類似する場合には、当然現行の実体法に準拠した解決が図られるべきであり、その手続も可能な限り民事訴訟法が類推せられなければならない。従って同法第三〇五条の鑑定人の忌避に関する規定もまた類推適用せられるべきものである。

(2) ところで本件仲裁委員らは、工場倒壊原因につきその裁量に基づき鑑定を行なうとし、これを北海道立寒地建築研究所にのみ依頼した。しかし、仲裁判断後に判明したところでは、同仲裁委員佐藤隆次は昭和三六年五月から同四〇年三月まで同研究所指導部長の要職にあったし、また前記のとおり北海道やその関係行政官に影響が及ぶ事案であることを考慮すれば、同研究所が鑑定を行うことは偏頗、不公平な鑑定になるを疑わせることとなる。

(3) よって同研究所は同法第三〇五条の趣旨から忌避されるべきであって、本件仲裁判断は許されない。

(三) 仲裁手続調書、証人調書、検証調書の各不存在(建設業法施行令第一二条、第二三条、同法施行規則第一七条違反)

(1) 本件仲裁は建設業法第三章の二の規定に基づき、北海道知事の指定する職員が立会の下、建設工事紛争審査会委員によって合計一一回の審査がされ、一七人の証人調、原告代表者訊問、検証および鑑定等がなされた。

(2) ところで同法施行令によれば、指定職員は紛争処理手続について調書を作成すべしとし、特に仲裁調書と検証調書には担当の仲裁委員と担当指定職員が、また証人調書には担当指定職員がそれぞれ記名押印することが同規則によって定められている。しかし本件仲裁手続においては、その手続調書、人証調書および検証調書は一切作成されることがなく、従って、本件仲裁手続はその手続全般にわたって右記載の手続違反があった。

(3) よって本件仲裁手続は許されないから、その判断は当然に取消されるべきである。

(四) 証人調の手続違反

(1) 本件仲裁委員らは、本件仲裁手続において訴外鷲田秀光を証人として採用していないのに拘らず、証人高橋源一郎の訊問にあたり同人に同行してきていた右鷲田を同証人の隣席に座らせてその発言を許し、また右高橋証人と相談することを黙認した。

(2) また同じく訴外村木満寿男外一名は証人として採用がされてないに拘らず、証人小林米雄の訊問にあたりその隣席に座らせてその発言を許し、また同証人と打合せすることを許した。

(3) 右高橋証人の取調は損害に関するものであり、また右小林証人の取調は設計、構造計算、工事監理の実態と設計者日本技建の責任に関するものであって、いずれも本件仲裁判断に大きな影響を及ぼすものであるから、右の各手続は到底容認し得ない不公平なものであって重大な手続違反が存する。

(五) 不公平な紛争処理

仲裁手続が仲裁人の悉意により進められ判断されることが許されないのはもとより、その手続、事実採知等はすべて公平であることが必要である。

しかし、本件仲裁委員らは昭和五〇年一〇月二四日開催された第五回期日において、審査会は再鑑定の申立があってもこれを採用しない旨決定している旨発言し、また当日は寒地建築研究所担当者の取調が予定されていたところ同研究所から「鑑定は研究所の意見であるので担当者が出頭することは適当でない」との不出頭届あることを理由にその取調べをやめる旨宣言した。しかし、不出頭届が提出されたとしても、その取調べは民事訴訟法第七九六条によって可能であるし、しかも再鑑定の必要等につき被告は検討中であるとしていたのである(被告は同年一〇月七日の第四回期日に鑑定書の交付を受けた)。にも拘らず前記の措置が採られたということは、結局、仲裁委員らは自己の先入観と合致する鑑定書の結論のみを信頼し、その内容について深く解明することなく、しかも被告の真実追求の手段を奪った不公平な手続を行なったものである。

3 よって被告は、民事訴訟法第八〇二条第二項により請求棄却の判決を求める。

(抗弁に対する原告の反論)

1 抗弁第1項について

抗弁第1項の各主張は、そのいずれもが本件仲裁判断の理由の当否を論難するにすぎず、「仲裁判断ニ理由ヲ付セサリシトキ」には該たらない。

本件仲裁判断書には六一頁にも及ぶ判断理由が付されており、その理由が論理的斉合性を有すること、仲裁判断書自体から自ずと明らかである。原告はその理由もまた正当なものと思料するが、それは本訴訟における争点ではない。

2 抗弁第2項について

(一) 抗弁第2項(一)について

(1) 民事訴訟法第三七条ないし第四二条所定の裁判官忌避の制度は、裁判の公正及び信頼を確保するため、客観的にみて裁判官が、偏頗な裁判をする虞れがある場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除することを目的とするものであるから、同法第三七条一項にいう「裁判官に付裁判の公正を妨ぐべき事情ある時」とは、裁判官が担当事件の当事者と特別の関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに当該事件につき一定の判断を形成しているとかの当該事件の手続外の要因のために、裁判官によって当該事件の公正で客観性のある審判を期待し得ない客観的事情がある場合を指すものと解するを相当とする。

(2) しかし仲裁委員佐藤隆次について、本件仲裁判断を為すに公正で客観性ある審判を期待しえない客観的事情があったとすることはできない。その理由は以下のとおりである。

a① 本件仲裁は、本件工場倒壊について施工業者たる被告の責任について、審理、判断されたものであって、設計者もしくは工事監理者の責任について審理されたものではない。

② 施工業者の責任と設計者・工事監理者の責任とは二者択一の排斥し合うものでないこと明らかである。

③ 本件工場の倒壊につき設計者或いは工事監理者にも責任が存することは施工業者たる被告の責任の有無に何んら関係せず、まして、「北海道又は関係行政官に関係が及ぶと考えられる」ことは、客観性のある審判を期待し得ない客観的事情とはいえない。

b① 被告も自認するように建築主事は、確認及び検査事務を行う権限を建築基準法により直接付与され、そのため北海道知事より特に任命を受けるものである。

② その職務の執行は、独立した権限に基づき行われ個別具体的確認及び検査事務につき北海道建築部建築課長が指揮監督することはない。

(3) 仮に忌避事由の存在が認められるにしても、以下に述べる事実からみて、被告が右事由を仲裁判断のあるまで知らなかったとは到底考えられない。

a 佐藤隆次仲裁委員も含む本件仲裁委員は、本件と同一事案についての昭和五〇年七月四日申請にかかる調停申請事件の調停委員であった。

b① 本件仲裁申請直後、北海道建設工事紛争審査会は北海道建設工事紛争審査会委員名簿を送付し、仲裁委員となるべき者の選定を促した。

② 右名簿には、佐藤隆次委員が、建築専門家であり北海道の職員であったことが明記されている。

③ また、北海道において、建設工事請負を行っている被告が佐藤隆次委員が、北海道建築部建築課長の要職にあった者であることは十分知悉していたものと推認される。

④ 被告が建築確認および竣工検査につき知悉していたことはいうまでもない。

c そして、被告は、本件仲裁委員に佐藤隆次委員、橋本理助委員、藪重夫委員を選定した。

d① 被告は、昭和五一年八月一二日本件仲裁手続を追行する権限を有能な三人の弁護士に授与し、同月二一日の第一回仲裁期日以来、右三名の弁護士をして被申請人代理人として右手続を追行せしめた。

② 被告は、仲裁手続終結までに本件仲裁委員について忌避の意思表示も忌避権を留保することもなかった。

(二) 抗弁第2項(二)ないし(五)について

「仲裁手続ヲ許ス可カラサリシトキ」とは、仲裁手続が全体として許すべきでない場合をいい、仲裁人の個々の行為が法令上定められた手続規則に違反した、というだけで仲裁手続が全体として許されないとされるわけではない。

従って抗弁第2項(二)ないし(五)の主張事実は、いずれも手続全体を瑕疵あらしめるものでなく、主張自体失当である。

第二  昭和五一年(ワ)第六三五号事件について

一  当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

1 原被告間の北海道建設工事紛争審査会昭和五〇年(仲)第二号事件につき仲裁委員藪重夫、同橋本理助、同佐藤隆次が昭和五一年四月二二日付をもってなした仲裁判断を取消す。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  当事者の主張

(請求原因)

1 第五八五号事件請求原因第1項に同じ。

2 同事件抗弁第1、2項に同じ。

3 よって被告は原告に対し、民事訴訟法第八〇一条に基づき本件仲裁判断の取消を求める。

(請求原因に対する認否、反論)

1 請求原因第1項は認める。

2 同第2項については第五八五号事件の抗弁に対する反論で主張したところと同じ。

3 同第3項は争う。

第三  証拠《省略》

理由

一  昭和五一年(ワ)第五八五号事件

1  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで本件仲裁判断につき、被告が抗弁として主張する取消事由が存するか否かについて判断する。

(一)  被告は、本件仲裁判断には理由が付されていない違法がある旨主張するので、以下検討する。

民事訴訟法第八〇一条一項五号の「仲裁判断ニ理由ヲ付セサリシトキ」とは、判断理由の全部または一部が欠けているか、もしくは判断理由がいかなる事実や見解に基づくものであるかが判明しない場合をいうものであって、その判断の当否をいうものではない。そして仲裁判断は当事者間の仲裁契約を基本とし、仲裁人を信頼してその具体的妥当な裁断を求めた結果であるから、仲裁判断に付されるべき理由もまた、前提となる権利関係について逐一明確な判断を示すことや、また判断資料の採否についての理由を必要とせず、またその判断は必ずしも実定法等に拘束されるものではないのである。さすれば、その判断資料の取捨判断が仮に理由を全く欠く場合であったとしても、それだけで仲裁判断の理由が不備であるとすることはできないのである。

これを本件仲裁判断についてみるに、本件仲裁判断が第一前提から第三前提を採って被告に金員の支払を命ずるものであることは被告の自認するところであって、さらにまた第一ないし第三前提が本件仲裁判断の内容と斉合していることは明らかである。従って、本件仲裁判断には前判示の仲裁判断に必要とされる理由を付しているものということができ、被告が本件仲裁判断について理由不備の違法を主張するのは理由がない。被告の主張は、結局判断資料の取捨判断を論難し、またその取捨の理由が付されてないとするにすぎないものである。尚、被告の主張のうち抗弁第1項(三)(5)は理由不備とならんで理由の齟齬をも主張するものとも窺えるが、仮に然りとするも、理由齟齬は民事訴訟法第三九五条の場合とは異なり仲裁判断取消の事由とされておらないから、これまた理由に欠けるものである。

(二)  被告は、本件仲裁判断をした仲裁委員に忌避事由がある旨主張するので、この点につき判断する。

民事訴訟法第七九二条一項は仲裁判断をうける当事者は裁判官を忌避する権利あると同一の理由および条件をもって仲裁人を忌避できる旨規定しており、従って、忌避事由ある仲裁人のした仲裁判断は右条件のもとで同法第八〇一条一項一号により取消の対象となるのである。

これを本件仲裁委員佐藤隆次について検討するに、仮に抗弁第2項(一)の各事実が全て認められ忌避事由に該当すると仮定しても、本件ではそのことをもって仲裁判断取消事由とすることはできない。という訳は《証拠省略》を総合すると、北海道建築部建築課内には社団法人北海道建築設計監理協会の事務所が設置されていること、同協会は北海道内で建築設計監理を業とする者をもって組織し会員の権利の擁護業務の進歩改善に関する会員共通の問題を有効且つ強力に推進し技術の進歩と人格の陶治とを期してお互に相協力し以て広く社会に貢献することを目的として結成されたこと、同協会は会長一名副会長二名常務理事一名理事二〇名余監事若干名を置きその事務は北海道建築部建築課の職員が担当していたこと、本件仲裁委員佐藤隆次は昭和四一年から同四三年にかけて同協会の常務理事を勤めており被告札幌支店はその協会員であったこと、その会員名簿の佐藤隆次欄には北海道建築部所属の趣旨が明記されていることがそれぞれ認められ(他に反する証拠はない)これらの事実によると、被告は右当時本件仲裁委員佐藤隆次が北海道建築部建築課長の地位にあった事実を知っていたことを推認できるからである。従って民事訴訟法第三七条二項を類推適用し、被告は右忌避事由を主張しえないとするほかはない。よって抗弁第2項(一)はその余の判断を俟つまでもなく理由がない。

(三)  鑑定人の忌避について

被告主張の抗弁第2項(二)は、仲裁手続に民事訴訟法第三〇五条の類推適用あることを前提とするが、その根拠は見当らない。民事訴訟法第八編は仲裁人の忌避につき規定しながら鑑定人について規定しないが、その趣旨とするところ如何なる鑑定人を採用するかについて仲裁人の裁量に委ねたものと解されるからである。従って抗弁第2項(二)は理由のないことは明らかである。

(四)  各調書の不存在について

《証拠省略》を総合すると、本件仲裁委員らは北海道知事の指定職員当野留太郎が立会の下一一回の審訊期日を開き、証人調、当事者訊問、現地検証、鑑定等を行なったことが認められる(他に右認定に反する証拠はない)。そして前記請求原因第1項の事実からして、本件仲裁手続には建設業法施行令の適用あることが明らかであるところ、同施行令がその仲裁手続に関し調書を作成すべく義務づけていること被告主張のとおりである。

そこで検討するに《証拠省略》を総合すると本件仲裁手続について各種の調書が存在するがその全てについて調書が作成された訳ではなく一部について調書が作成されていないことが認められ、また検証結果によると少なくとも右各調書の相当部分は本件仲裁判断後になって作成されたものであることが認められる(《証拠判断省略》)。そうすると被告主張のとおり本件仲裁手続は建築業法施行令に違反するところがあったと言うべきである。

しかし、民事訴訟法は仲裁手続に関する調書の作成を命じておらず、従ってその不存在をもって仲裁判断取消の事由とすることは本来予定していないと解するを相当とするから同施行令についての右違反事実をもって仲裁判断取消事由とすることはできないのである。

(五)  抗弁第2項(四)(五)について

仲裁手続における証人や鑑定の採否および証人調の方法等はいずれも仲裁人の採量に委ねられておるところ、被告主張の事実からでは右採量範囲を逸脱し、不公平があったと認めることはできない。

二  昭和五一年(ワ)第六三五号事件について

1  同事件の請求原因事実は、同五一年(ワ)第五八五号事件の請求原因第1項および抗弁第1、2項と同一であって、これに対する当裁判所の判断も同事件について述べたところと同じである。

三  結論

以上検討してきたところによれば、本件仲裁判断には何らの取消事由が認められないことに帰する。よって原告の執行判決請求を認容し、仮執行宣言は相当でないので付さないこととし、被告の仲裁判断取消請求を棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条を適用して両事件とも被告の負担とすることとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 前川豪志 上原裕之)

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